nagarerukumonogotoku  のブログ

日々感じたことや思ったこと伝えたいことを発信します。

人は記録されることをとても恥ずかしいと感じる

 今朝は、友人が参加しているイベント(何かのワークショップ的な)に

顔を出すことにした。

 

そこは会社の敷地の中にあり、その前に会社のある部門に立ち寄った。

そこでは、ある問題で滞っていた懸案(トラブルで機械が動かない)があった。

 

自分が触っているうちに解消してしまった。

起こそうとした訳ではなく、起きてしまった感じ。

 

そのあとにイベント会場に向かう。

ただ時間的には終わってしまい、友人は見かけたものの

声をかけずにいた。

 

その後、一組の家族が居て、二、三歳のお子さんがいて

カメラを向けると撮られることに対して

泣いたり隠れたりを繰り返す。

 

初めのうちは、わからなかったのだけれども

少しづつ分かってきた、それは恥ずかしいということ。

 

人に見られることよりも、もっと嫌いなことは

「記録」されることで

「記憶」されることではないことだった。

 

形に残さないで覚えること 「憶」

形に残すこと 「録」

 

これは、朝起きる寸前に気づいた。

 

でも、このどちらがあるべき姿かは

まだわからない。

今朝の夢から

今朝は学校のような感じのところで

何にかの作業を10人前後の人としていた。

外では雪が強くなって来て、帰れなくなるので、早めに切り上げようと伝えた。

 

しばらくして、場面が変わり道路に面した、明るい感じの人家に行っている。

そこから荷物をまとめて出発の準備し

出かけることに。

 

行き先は、決まっていない感じだった。

でも、動き出す感じがした。

ここしばらく見ていた夢について

 寒中お見舞い申し上げます。

もう年始のあいさつでないくらい日にちが過ぎてしまいました。

 

昨日の朝みた夢は、山登りというかルートの途中に富士山のような山があり、そこを越えて行かないと、その先には行けないようになっていました。

着いて、そのまま行くのはと思い、宿のようなところで休憩して、靴を脱いだところに行ってみると自分の靴が見つからない!

同じ形だけれども、靴紐が少し違うのがあるだけで、そこで先に行くのを諦めた。

 

まだ、自分の中の何が整っていない気がした。

 

そして、今朝の夢は乗換え駅で女子高生に会った。自分の声も擦れていたが、その子も声が擦れいるのがわかって話をしていたら、本人的にはそれほどでもないって話していた。

すると自分にも同じくらいの子供がいてもいいくらいなんだと、ふと感じた。

 

でも、今の状況を選んでいるのも自分であるけど、この状況を選んでいる訳がある。ただ、まだ見えないことなので。

 

昨日、今日の夢はこんな感じでした。

 

今年もよろしくお願いします(^o^)/

 

 

 

 

 

 

断捨離は続く

10年間続けたハガキのお付き合いも

 

ひと段落つけるということで整理に

 

目処が立ってきた。

 

ところが、他のものにも飛び火して

 

始まってしまった。

 

使えるからといって取っておいて、使わずにいたものや

 

押入れの奥深くに眠っていたものに移っている。

 

 

そんな中に、19年前に自主上映を行った時のアンケートが出てきた。

 

当時のメンバーとは、会うことはないと思っているが、

 

あの時は、いろいろと助けてもらったのを思い出した。

 

 

思いつきで会場を借り、二ヶ月で集客をして

 

定員の8割以上の方に入って頂いたけたと。

 

まだ、今ほどネットが普及する前のことで、

 

ポスターを持ってお店に行ってお願いしたりと

 

今では、拡散の仕方が全く違う。

 

ちょうど、その頃会場になる周りは

 

便利になり始めるほんの少し前のこと。

 

ものやことが、便利になるということは

 

何かと引き換えにしているということを

 

感じていて、当時はそのことを伝えられなかった。

 

 

篠島へ

昨日は話に聞いていた篠島

行って来た。

 

おだやかな小さな島で、一周2時間もあれば回れてしまうくらいです。

 

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興味があれば、行ってみてくださいね。

弘法大師も待っています。

 

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つい先日のこと

仕事でたまたま、折り箱を作ることに。

 

出来た折り箱を開いて折っても

 

なかなか思った形にならず、

 

しばらくしていると何となく

 

形になってくる。

 

形になってくると今度は、

 

美しいかどうかに

 

目が向いてくる。

 

折っている最中は、頭が冴えて

 

眠けがまったく起こらない。

 

手先を使って頭を連動させることは

 

ゲーム機等と似ているがまったく

 

別の体験で、試行錯誤を繰り返し

 

ながら洗練されて行く感じと

 

折り紙の奥深さを感じたものでした。

 

ゆめと現実のはざまで

今朝は、夢の中で自分の忘れている名前を何度も呼ばれ、その度にわからないと答えていた。

 

そんな中、その名前を思い出すかもしれないイベントに執拗に誘ってくる。

 

相手の意思に合わせた訳ではなく、行ってみようかという気持ちになったので、

参加してみた。

 

まだ時間が早いのか、部屋が違うのかはわからないけど、あまり人はいない。

 

家も不思議な家で、生えている木を残したまま作られている。

 

その家の中には、米の3倍体の写真があった。

通常では、あり得ないことになっているけど、ここのやり方なのかは、わからないけど、飾ってあった。

 

ここには、大きなネコがいて自分の肩に乗って来る。

でも、人懐こいネコだった。

 

途中知り合からの誘いの電話のときは、寝言を言っていた実感があった。

 

ここ、しばらくは眠い日が続いています。